馬名ミュージアム カタカナで9文字以内アルファベットで18文字以内と定められている競走馬たちの名前。この短い言葉のなかにその馬に関わる人々の希望や祈り、そして、いにしえのホースマンが紡いできた物語を感じとることができるのです。

バックナンバー

第55回
日本でG1を制した、ロンドンのストリート名が付いたアメリカ馬
第54回
世界レコードを樹立した女傑の名は、子供向けの飲み物
第53回
競馬世界の "太陽神" が持つ、複雑な性格
第52回
豊かな才能を全開にした妹を祝福する兄の快走
第51回
爽やかなカクテル名を持つ牝馬に求められるもの
第50回
母系3代に伝わる人名を馬名に戴いた天皇賞馬
第49回
絶対王者の名を冠した菊花賞馬が示した、最高の輝き
第48回
「胡蝶蘭」、「花金鳳花」 という馬名を持つ、華やかな母娘
第47回
インカ帝国の "祝祭" を現代日本に甦らせた一流中距離馬
第46回
複数の大ヒット曲のタイトルと被る、日本競馬の名牝
第45回
女性5人のチームワークとパワーが生んだ "伝説の名牝"
第44回
同じ英語を馬名に持つ、地味な日本馬と欧州のスーパーホース
第43回
「静かなアメリカ人」 が生み出したドラマと皮肉
第42回
偉大なるダンサーの名を受け継いだ記録的長寿馬
第41回
奇妙に重なり合う、同じ名を持つ作家と競走馬の運命
第40回
種牡馬としても成功した菊花賞馬と米音楽界 "ボス" との縁
第39回
"薔薇のために走れ" なかった、「5月の薔薇」
第38回
世にも怖しい名を持つ、G1レース3勝の世界的名馬
第37回
"理力 (=フォース)" を働かせて、英ダービーを圧勝!?
第36回
種牡馬入りして、さらに存在感を高めた 「義賊」
第35回
小さな花から、大きな実を成らす葡萄のように
第34回
競馬世界の織姫星と彦星は、完全なる女性上位
第33回
すべてを与えてくれるのは、いつも "サンデー" !?
第32回
そろそろ"凱旋"のときが待たれる、重賞惜敗続きの名血馬
第31回
馬名にまつわる難解さを吹き飛ばした、超一流馬の競走生活
第30回
さらば、競馬史に残る偉業を達成した地味な名種牡馬!
第29回
香港馬として初めて日本G1競走に勝った「蝦の王様」
第28回
「風神」であるダービー馬の陰に存在した無名の「雷神」
第27回
合衆国に流れ着いた男女が愛を育み誕生した灰色の幽霊」
第26回
「事務局」という名を持つ、20世紀を代表する米の名馬
第25回
ロマンティックに昇華した、夭逝した名牝の競走生活
第24回
黄金世代にも存在した、競馬の世界の "光と陰"
第23回
アルゼンチン最強牝馬の娘の名は 「恋人の日」
第22回
微妙な違和感を覚える馬名が走る米の一流父系
第21回
偉大なるチャンプの軌跡と重なる、短距離王の競走人生
第20回
馬名のスケールも競走馬としても父を上回った "道営の星"
第19回
大物バンドと仏語で繫がる気鋭種牡馬の一流産駒たち
第18回
"ハワイの大王" を父親に持つ "アカハワイミツスイ"
第17回
現代競馬を代表する名馬は、正真正銘の「世界遺産」!?
第16回
競馬世界の "ルパン3世" 的大泥棒!
第15回
欧州最優秀ステイヤーのルーツに日本の伝統芸能!?
第14回
若き日の悔恨を乗り越え、最後に辿り着いた「黄金」
第13回
馬名がトラブルを予見した!? 世界最高のマイラー
第12回
2000年代最強馬の兄はカリブの大海賊!?
第11回
"深夜の賭け"でカジノが倒産!?
第10回
あの超人気作家の処女作から名付けられた菊花賞馬
第9回
歴史的快挙を達成した父と娘の微妙な関係とは!?
第8回
西部に足を踏み入れなかった"金採掘者"
第7回
まるで違う運命を背負った、同じ名前を持つ馬たち
第6回
歴史的女傑の馬名の由来は"銭やった"!?
第54回 世界レコードを樹立した女傑の名は、子供向けの飲み物

1990年秋、まあ、南半球の季節で言えば、春ということになるのですが、
ニュージーランドの “北島” で、
ひたすらレンタカーを走らせたことがありました。
目的は、前年のジャパンCを世界レコードで制した
ホーリックス (Horlicks) の取材。

オークランドの競馬場から、
デビッド・オサリバン厩舎がある小さな街マタマタ、
さらにはオーナー・ブリーダーである
G・W・グルーシー氏の牧場があるホークスベイまで、
“北島” を、ほぼ縦断したのですが、
羊を放牧している、とてつもなく広大な牧場、
そして360度のパノラマで見渡せる澄んだ青空という、
スケールの大きなド田舎の風景に、すっかり圧倒されたのでした。

オサリバン厩舎にいたホーリックスは、
レースにも出る現役馬でありながら、妊婦という、
日本では、ちょっと考えられない状況のなかで、元気に暮らしていました。
ニュージーランドを含むオセアニアでは、
妊娠した状態で、レースを走るのは、決して珍しくはなく、
むしろ母馬がしっかりと運動をすることで、
子供も丈夫に育つし、お産自体も軽くなるという利点もあるそうです。
そして、このときのレース出走が効を奏したのかどうかは知りませんが、
繁殖牝馬ホーリックスは、
その4番仔に豪G1メルボルンCの勝ち馬ブリューを産む、
大仕事を成し遂げています。

さて、ホーリックスという馬名は、
イギリスの有名な製薬会社グラクソスミスクラインが発売している
麦芽飲料を、その由来としています。
「麦芽」 の意味を持つモルト (Malt) という母の名からの連想で、
ホーリックスという馬名が付いたそうですが、
1989年ジャパンCでオグリキャップとの大接戦を凌ぎ切った
歴史的女傑の名が、子供向け飲料というのも、
ちょっと気が抜ける感じがします。

オーナー・ブリーダーのグルーシー氏を訪ねたとき、
お土産に頂いたのが、“Hawke’s bay Is Horlicks Town”
(ホークスベイはホーリックスの街) というロゴが入ったキャップでした。
このキャップは、地元ホークスベイの人々が、
いかにホーリックスを深く愛しているかが分かるものでしたが、
ホークスベイの人々だけでなく、ニュージーランド国民全体が、
激戦のジャパンC制したホーリックスを、今も誇りに思っているのです。
2010年3月、“世紀の名牝” ホーリックスは、
栄えあるニュージーランド競馬殿堂入りを、見事に果たしました。

(次回は12月1日の水曜日にお届けします)  構成・文/関口隆哉