馬名ミュージアム カタカナで9文字以内アルファベットで18文字以内と定められている競走馬たちの名前。この短い言葉のなかにその馬に関わる人々の希望や祈り、そして、いにしえのホースマンが紡いできた物語を感じとることができるのです。

バックナンバー

第28回
「風神」であるダービー馬の陰に存在した無名の「雷神」
第27回
合衆国に流れ着いた男女が愛を育み誕生した灰色の幽霊」
第26回
「事務局」という名を持つ、20世紀を代表する米の名馬
第25回
ロマンティックに昇華した、夭逝した名牝の競走生活
第24回
黄金世代にも存在した、競馬の世界の "光と陰"
第23回
アルゼンチン最強牝馬の娘の名は 「恋人の日」
第22回
微妙な違和感を覚える馬名が走る米の一流父系
第21回
偉大なるチャンプの軌跡と重なる、短距離王の競走人生
第20回
馬名のスケールも競走馬としても父を上回った "道営の星"
第19回
大物バンドと仏語で繫がる気鋭種牡馬の一流産駒たち
第18回
"ハワイの大王" を父親に持つ "アカハワイミツスイ"
第17回
現代競馬を代表する名馬は、正真正銘の「世界遺産」!?
第16回
競馬世界の "ルパン3世" 的大泥棒!
第15回
欧州最優秀ステイヤーのルーツに日本の伝統芸能!?
第14回
若き日の悔恨を乗り越え、最後に辿り着いた「黄金」
第13回
馬名がトラブルを予見した!? 世界最高のマイラー
第12回
2000年代最強馬の兄はカリブの大海賊!?
第11回
"深夜の賭け"でカジノが倒産!?
第10回
あの超人気作家の処女作から名付けられた菊花賞馬
第9回
歴史的快挙を達成した父と娘の微妙な関係とは!?
第8回
西部に足を踏み入れなかった"金採掘者"
第7回
まるで違う運命を背負った、同じ名前を持つ馬たち
第6回
歴史的女傑の馬名の由来は"銭やった"!?
第5回
「切れ味の鋭さ、この聖剣に如くものなし」
第4回
日米オークス馬は "男装の麗人" だった!?
第3回
競馬世界の 「寿限無、寿限無・・・」
第2回
母から受け継ぐドイツ競馬の歴史
第1回
メリーランド州から届いたプレゼント
第27回 合衆国に流れ着いた男女が愛を育み誕生した灰色の幽霊」

首都ワシントンD.C.に隣接するメリーランド州は、
アメリカ合衆国最古の州のひとつです。
第2次世界大戦が終結して、数年が経った時期、
この地で、ひとりの男とひとりの女が運命的な出会いを果たしました。
男はポリネシア諸島からやって来たダンサー。
女は、日本で生まれた元芸者。
メリーランド州に位置するアンドリュース空軍基地の
将校クラブで働いていたふたりは、
ごく自然に恋に落ち、いつしか生活をともにすることになったのです。

1949年の春、日本で生まれた元芸者は、
ポリネシアからやって来たダンサーの子を身ごもります。
翌1950年3月、ふたりの間に生まれた男の子は、
ネイティヴダンサー(Native Dancer)という名を与えられます。
故国を捨て、合衆国に流れ着いた男と女は、
愛息がアメリカ社会で成功することを願って、
「母国に根ざした踊り子」 という名前を付けたのです…。

もちろん、このエピソードは、
1950年代の米競馬界の大スター、ネイティヴダンサーの
父と母の名から連想した架空の話です。
ネイティヴダンサーの父は、ポリネシアン(Polynesian= “ポリネシアの人” )
母は、ゲイシャ(Geisha= “芸者” )。
そして生まれたのは、メリーランド州に属するサガモア牧場でした。
架空のストーリーでは、
ネイティヴダンサーを 「母国に根ざした踊り子」 と訳しましたが、
本当は、白人の立場から非白人の人々を指す
「原住民の踊り子」 という、
いささか差別的な意味合いを持つ馬名でもあるのです。

ただし、冒頭のエピソードにある父母の願い通り、
ネイティヴダンサーは、競走馬としてアメリカ社会で大成功を収めます。
当時、アメリカの家庭に普及していたモノクロテレビの競馬中継を通じて、
幅広い大衆の認知を得たネイティヴダンサーは、
プリークネスS、ベルモントS制覇を含む
22戦21勝という圧倒的な好成績を収め、
「灰色の幽霊」 という尊称で呼ばれるようになりました。

偉大なるネイティヴダンサーの直系の孫にあたるのが、
日本の “国民的アイドルホース” 、オグリキャップです。
公営笠松から中央競馬に移籍し、無敵の快進撃を続けていた当時、
オグリキャップの強さの秘密を、
「祖父ネイティヴダンサーからの隔世遺伝」 に求める専門家も、
少なからず存在していました。
ネイティヴダンサーと同じ芦毛馬であるオグリキャップは、
種牡馬として大物産駒を得ることはできませんでしたが、
母父として入った競走馬から、
自身を、そして祖父ネイティヴダンサーを彷彿とさせるような
「芦毛の怪物」 を送り出す可能性は、決して皆無ではないはずです。

(次回は5月26日の水曜日にお届けします)  構成・文/関口隆哉