馬名ミュージアム カタカナで9文字以内アルファベットで18文字以内と定められている競走馬たちの名前。この短い言葉のなかにその馬に関わる人々の希望や祈り、そして、いにしえのホースマンが紡いできた物語を感じとることができるのです。

バックナンバー

第44回
同じ英語を馬名に持つ、地味な日本馬と欧州のスーパーホース
第43回
「静かなアメリカ人」 が生み出したドラマと皮肉
第42回
偉大なるダンサーの名を受け継いだ記録的長寿馬
第41回
奇妙に重なり合う、同じ名を持つ作家と競走馬の運命
第40回
種牡馬としても成功した菊花賞馬と米音楽界 "ボス" との縁
第39回
"薔薇のために走れ" なかった、「5月の薔薇」
第38回
世にも怖しい名を持つ、G1レース3勝の世界的名馬
第37回
"理力 (=フォース)" を働かせて、英ダービーを圧勝!?
第36回
種牡馬入りして、さらに存在感を高めた 「義賊」
第35回
小さな花から、大きな実を成らす葡萄のように
第34回
競馬世界の織姫星と彦星は、完全なる女性上位
第33回
すべてを与えてくれるのは、いつも "サンデー" !?
第32回
そろそろ"凱旋"のときが待たれる、重賞惜敗続きの名血馬
第31回
馬名にまつわる難解さを吹き飛ばした、超一流馬の競走生活
第30回
さらば、競馬史に残る偉業を達成した地味な名種牡馬!
第29回
香港馬として初めて日本G1競走に勝った「蝦の王様」
第28回
「風神」であるダービー馬の陰に存在した無名の「雷神」
第27回
合衆国に流れ着いた男女が愛を育み誕生した灰色の幽霊」
第26回
「事務局」という名を持つ、20世紀を代表する米の名馬
第25回
ロマンティックに昇華した、夭逝した名牝の競走生活
第24回
黄金世代にも存在した、競馬の世界の "光と陰"
第23回
アルゼンチン最強牝馬の娘の名は 「恋人の日」
第22回
微妙な違和感を覚える馬名が走る米の一流父系
第21回
偉大なるチャンプの軌跡と重なる、短距離王の競走人生
第20回
馬名のスケールも競走馬としても父を上回った "道営の星"
第19回
大物バンドと仏語で繫がる気鋭種牡馬の一流産駒たち
第18回
"ハワイの大王" を父親に持つ "アカハワイミツスイ"
第17回
現代競馬を代表する名馬は、正真正銘の「世界遺産」!?
第16回
競馬世界の "ルパン3世" 的大泥棒!
第15回
欧州最優秀ステイヤーのルーツに日本の伝統芸能!?
第14回
若き日の悔恨を乗り越え、最後に辿り着いた「黄金」
第13回
馬名がトラブルを予見した!? 世界最高のマイラー
第12回
2000年代最強馬の兄はカリブの大海賊!?
第11回
"深夜の賭け"でカジノが倒産!?
第10回
あの超人気作家の処女作から名付けられた菊花賞馬
第9回
歴史的快挙を達成した父と娘の微妙な関係とは!?
第8回
西部に足を踏み入れなかった"金採掘者"
第7回
まるで違う運命を背負った、同じ名前を持つ馬たち
第6回
歴史的女傑の馬名の由来は"銭やった"!?
第5回
「切れ味の鋭さ、この聖剣に如くものなし」
第4回
日米オークス馬は "男装の麗人" だった!?
第3回
競馬世界の 「寿限無、寿限無・・・」
第2回
母から受け継ぐドイツ競馬の歴史
第1回
メリーランド州から届いたプレゼント
第43回 「静かなアメリカ人」 が生み出したドラマと皮肉

『第三の男』 、『逃亡者』 、『ハバナの男』 など、
その著作が多数映画化されている、
作家グレアム・グリーン (Graham Greene) は、
1904年に英国に生まれ、1991年にスイスで亡くなりました。
村上春樹氏が受賞したことで、日本でも有名になったエルサレム賞を
1981年に与えられているグレアム・グリーンですが、
決して、純文学一本やりというわけではなく、
エンターメント性を重視した、面白くて読みやすい作品が多い、
非常にとっつきやすい作家でもあるのです。

そのグレアム・グリーンが1955年に発表した小説が、
『おとなしいアメリカ人 (The Quiet Man) 』。
そして、この物語を基に映画化されたのが、
1958年の『静かなアメリカ人 (The Quiet American) 』、
そのリメイクであり、より原作に近いとされる、
2002年の『愛の落日 (原題は同じ “The Quiet American” ) 』
ということになります。
第一次インドシナ戦争中のサイゴンを舞台に、
軍事顧問団としてサイゴンに赴任した、理想に燃えるアメリカ人、
イギリスから派遣された新聞記者 ( 『愛の落日』 で、この役を演じた
マイケル・ケインは、ロンドン批評家協会主演男優賞を受賞しています)

二人が恋に落ちる美しきベトナム人女性の三角関係を軸に、
ストーリーは進んでいくのですが、
それと同時に、善意の陰に隠れて、世界を意のままにしようと企む、
大国アメリカの野望、その国に住むエリートの独善的な行動も、
批判的な視点で描かれていきます。
当然、アメリカ合衆国政府としては、反米的な傾向を持つ、
このイギリス人作家のことが気に入らず、
米への入国を拒否したこともあったのです。

映画版の原題と同じ馬名を持つのが、
1986年にアメリカで生産され、グレアム・グリーンの母国である、
イギリスのサー・マイケル・スタウト厩舎から競走馬デビューした
クワイエットアメリカン (Quiet American) です。
イギリスでは芽が出なかったクワイエットアメリカンですが、
3歳時に米のゲーリー・ジョーンズ厩舎に移籍してから本格化し、
4歳秋のNYRAマイルで初G1制覇を達成します。

現役引退後、米で種牡馬となったクワイエットアメリカンの代表産駒が、
1998年にG1ケンタッキーダービー、
G1プリークネスSを連覇したリアルクワイエット (Real Quiet)。
反米的な作品が馬名の由来となった父の産駒が、
アメリカ競馬を象徴する、大レース中の大レースを制したことは、
ドラマチックであると共に、
かなりの皮肉が効いた出来事だったのではないでしょうか

(次回は9月15日の水曜日にお届けします)  構成・文/関口隆哉