馬名ミュージアム カタカナで9文字以内アルファベットで18文字以内と定められている競走馬たちの名前。この短い言葉のなかにその馬に関わる人々の希望や祈り、そして、いにしえのホースマンが紡いできた物語を感じとることができるのです。

バックナンバー

第74回
ジャズ界の巨人の如き競走生活を目指す、若き去勢馬
第73回
山河より流れ出で、大洋へと繋がった2頭の桜花賞馬
第72回
旧約聖書に登場する怪力の士師が宿ったG1戦4勝の名馬
第71回
勝負への鋭い臭覚を持つ、競馬世界のストライカー
第70回
「人」である父の悲願を「神」である娘が達成か!?
第69回
桜花賞を快勝した 「泥まみれの金襴緞子」
第68回
皇帝の座に昇り詰めた、「犯罪王」
第67回
太陽のような輝きを放つ「抽せん馬の星」
第66回
あやとり「猫のゆりかご」を馬名にした、日本G1馬のいとこ
第65回
世界的名曲を馬名とした名牝が、2月14日に産んだ娘の名は!?
第64回
有名戦国大名と世界的名種牡馬の意外な関係とは?
第63回
南国土佐で馬名通りの走り示した、ダート短距離戦線の星
第62回
孫娘たちに託された、夏場の快進撃
第61回
馬名から受ける印象を覆した、地に足が着いた名牝
第60回
シブいTVドラマから名付けられた、1976年最優秀古牡馬
第59回
多くの国々を旅した気分を味わえる、個性派G2馬とその兄弟
第58回
倒語で馬名が付いた、1970年代初頭の歴史的名牝
第57回
"鷹" と "犬" が融合した2007年最優秀2歳牡馬
第56回
馬名通りに競馬ファンの "裏をかいた"、マイル戦得意な名牝
第55回
日本でG1を制した、ロンドンのストリート名が付いたアメリカ馬
第54回
世界レコードを樹立した女傑の名は、子供向けの飲み物
第53回
競馬世界の "太陽神" が持つ、複雑な性格
第52回
豊かな才能を全開にした妹を祝福する兄の快走
第51回
爽やかなカクテル名を持つ牝馬に求められるもの
第50回
母系3代に伝わる人名を馬名に戴いた天皇賞馬
第49回
絶対王者の名を冠した菊花賞馬が示した、最高の輝き
第48回
「胡蝶蘭」、「花金鳳花」 という馬名を持つ、華やかな母娘
第47回
インカ帝国の "祝祭" を現代日本に甦らせた一流中距離馬
第46回
複数の大ヒット曲のタイトルと被る、日本競馬の名牝
第45回
女性5人のチームワークとパワーが生んだ "伝説の名牝"
第44回
同じ英語を馬名に持つ、地味な日本馬と欧州のスーパーホース
第43回
「静かなアメリカ人」 が生み出したドラマと皮肉
第42回
偉大なるダンサーの名を受け継いだ記録的長寿馬
第41回
奇妙に重なり合う、同じ名を持つ作家と競走馬の運命
第40回
種牡馬としても成功した菊花賞馬と米音楽界 "ボス" との縁
第39回
"薔薇のために走れ" なかった、「5月の薔薇」
第38回
世にも怖しい名を持つ、G1レース3勝の世界的名馬
第37回
"理力 (=フォース)" を働かせて、英ダービーを圧勝!?
第36回
種牡馬入りして、さらに存在感を高めた 「義賊」
第35回
小さな花から、大きな実を成らす葡萄のように
第34回
競馬世界の織姫星と彦星は、完全なる女性上位
第33回
すべてを与えてくれるのは、いつも "サンデー" !?
第32回
そろそろ"凱旋"のときが待たれる、重賞惜敗続きの名血馬
第31回
馬名にまつわる難解さを吹き飛ばした、超一流馬の競走生活
第30回
さらば、競馬史に残る偉業を達成した地味な名種牡馬!
第29回
香港馬として初めて日本G1競走に勝った「蝦の王様」
第28回
「風神」であるダービー馬の陰に存在した無名の「雷神」
第27回
合衆国に流れ着いた男女が愛を育み誕生した灰色の幽霊」
第26回
「事務局」という名を持つ、20世紀を代表する米の名馬
第25回
ロマンティックに昇華した、夭逝した名牝の競走生活
第73回 山河より流れ出で、大洋へと繋がった2頭の桜花賞馬

重馬場をものともしない、気風の良い逃げを見せ、
追い込んできたロイヤルコスマーを半馬身差抑えた、
1985年のG1桜花賞馬エルプス。
桜花賞以外にも、桜花賞TRであるG2・4歳牝馬特別、
古馬相手のG3京王杯オータムHを制したエルプスは、
同年の3歳牝馬チャンピオンに選出されました。

名牝エルプスの英語表記は “Erebus”。
発音は大分違っていますが、
この馬名は、南極大陸に存在する、
世界最南端の活火山であるエレバス山 “Mount Erebus” に
由来しているそうです。
南極大陸の最高峰でもあるエレバス山の標高は、
富士山よりも少しだけ高い3,794m。
その火口には、世界でも大変に珍しい、
恒常的に形成されている溶岩湖があります。
また、1979年に起きた
ニュージーランド航空機墜落事故の現場となったことで、
エルバスは 「鎮魂の山」 としても知られています。

3歳11月のG1エリザベス女王杯がラストランとなったエルプスは、
繁殖牝馬として8頭の産駒を出産しました。
直仔からは、自身のような大物は出ませんでしたが、
第2仔となるリヴァーガール “River Girl” が、
阪神3歳牝馬S、桜花賞、秋華賞と
G1レースを3勝した超大物牝馬テイエムオーシャン “T.M. Ocean” の
母となっています。
祖母エルプスの名の由来となった
南極大陸最高峰エレバス山から流れ出でた川 (リヴァーガール) が、
やがて大洋 (テイエムオーシャン) へと繋がっていく。
この母娘3代に渡る流れのなかで、
2頭もの桜花賞馬が誕生したことは、
日本競馬史に残る快挙と言えるでしょう。

祖母エルプス同様、
2001年の3歳牝馬チャンピオンに選出されたテイエムオーシャンも、
現在は繁殖牝馬となり、産駒を送り出しています。
これまでのところ、重賞級の仔は登場してきていませんが、
いつの日か、その直系の一族から、
祖母や自身のようなクラシックホースが誕生するかもしれません。
なにせ、母系の祖であるエルプス (=エレバス山) は活火山。
爆発的な能力を誇る、新たなる大物を生み出すためのエネルギーは、
十二分に蓄えているはずです。

(次回は4月13日の水曜日にお届けします)  構成・文/関口隆哉