馬名ミュージアム カタカナで9文字以内アルファベットで18文字以内と定められている競走馬たちの名前。この短い言葉のなかにその馬に関わる人々の希望や祈り、そして、いにしえのホースマンが紡いできた物語を感じとることができるのです。

バックナンバー

第83回
金細工師の作品を連想させる、新ダービー馬の佇まい
第82回
日本のオークスで大輪の花を咲かせた、「アイルランドの宮廷」
第81回
「北へ飛ぶ」 マイルの女帝と、「不似合いな役柄」 を演じた息仔
第80回
世界に大きな影響を与える組織の名が付けられたダービー馬
第79回
勝負事の真理を見せた、日本競馬史に残る「究極の美女」
第78回
"西の風" の父と "南東の風" の息仔を持つ重賞2勝の名牝
第77回
探し物をしながら成功を得た、父と娘と娘の息仔
第76回
2歳時に活躍した、「大忙しの人生」 という名を持つ短距離馬
第75回
「賭場の女主人」を母に持つ「正真正銘の」名馬
第74回
ジャズ界の巨人の如き競走生活を目指す、若き去勢馬
第73回
山河より流れ出で、大洋へと繋がった2頭の桜花賞馬
第72回
旧約聖書に登場する怪力の士師が宿ったG1戦4勝の名馬
第71回
勝負への鋭い臭覚を持つ、競馬世界のストライカー
第70回
「人」である父の悲願を「神」である娘が達成か!?
第69回
桜花賞を快勝した 「泥まみれの金襴緞子」
第68回
皇帝の座に昇り詰めた、「犯罪王」
第67回
太陽のような輝きを放つ「抽せん馬の星」
第66回
あやとり「猫のゆりかご」を馬名にした、日本G1馬のいとこ
第65回
世界的名曲を馬名とした名牝が、2月14日に産んだ娘の名は!?
第64回
有名戦国大名と世界的名種牡馬の意外な関係とは?
第63回
南国土佐で馬名通りの走り示した、ダート短距離戦線の星
第62回
孫娘たちに託された、夏場の快進撃
第61回
馬名から受ける印象を覆した、地に足が着いた名牝
第60回
シブいTVドラマから名付けられた、1976年最優秀古牡馬
第59回
多くの国々を旅した気分を味わえる、個性派G2馬とその兄弟
第58回
倒語で馬名が付いた、1970年代初頭の歴史的名牝
第57回
"鷹" と "犬" が融合した2007年最優秀2歳牡馬
第56回
馬名通りに競馬ファンの "裏をかいた"、マイル戦得意な名牝
第55回
日本でG1を制した、ロンドンのストリート名が付いたアメリカ馬
第54回
世界レコードを樹立した女傑の名は、子供向けの飲み物
第53回
競馬世界の "太陽神" が持つ、複雑な性格
第52回
豊かな才能を全開にした妹を祝福する兄の快走
第51回
爽やかなカクテル名を持つ牝馬に求められるもの
第50回
母系3代に伝わる人名を馬名に戴いた天皇賞馬
第49回
絶対王者の名を冠した菊花賞馬が示した、最高の輝き
第48回
「胡蝶蘭」、「花金鳳花」 という馬名を持つ、華やかな母娘
第47回
インカ帝国の "祝祭" を現代日本に甦らせた一流中距離馬
第46回
複数の大ヒット曲のタイトルと被る、日本競馬の名牝
第45回
女性5人のチームワークとパワーが生んだ "伝説の名牝"
第44回
同じ英語を馬名に持つ、地味な日本馬と欧州のスーパーホース
第43回
「静かなアメリカ人」 が生み出したドラマと皮肉
第42回
偉大なるダンサーの名を受け継いだ記録的長寿馬
第41回
奇妙に重なり合う、同じ名を持つ作家と競走馬の運命
第40回
種牡馬としても成功した菊花賞馬と米音楽界 "ボス" との縁
第39回
"薔薇のために走れ" なかった、「5月の薔薇」
第38回
世にも怖しい名を持つ、G1レース3勝の世界的名馬
第37回
"理力 (=フォース)" を働かせて、英ダービーを圧勝!?
第36回
種牡馬入りして、さらに存在感を高めた 「義賊」
第35回
小さな花から、大きな実を成らす葡萄のように
第34回
競馬世界の織姫星と彦星は、完全なる女性上位
第82回 日本のオークスで大輪の花を咲かせた、「アイルランドの宮廷」

1991年にフランスで生まれた、牝駒エリンバード “Erin Bird” は、
社台ファームの吉田照哉氏の所有馬として、欧州を主戦場に走り、
G2伊1000ギニーに優勝する活躍を示しました。
このエリンバードの“Erin”は、アイルランドを指す古い言葉。
つまりエリンバードという馬名は、
「アイルランドの鳥」 という意味になるわけです。
アイルランドは日本よりは北方に位置する国ですが、
同じ北半球の島国同士、
生息する鳥たちの種類は、かなり共通しているそうです。
そのアイルランドの国鳥となっているのがミヤコドリ。
紅くて長い嘴が特徴となっているミヤコドリは、
日本においても、主に冬場の海岸沿いで観察することが可能です。

さて、日本で繁殖牝馬となったエリンバードが、
父にデュランダルを得て2008年に出産したのが、
2011年のG1オークスを快勝した
エリンコート “Erin Court” ということになります。
“Court” は、裁判所を示す英単語として知られていますが、
「宮廷、宮中」 という意味も持っていて、
JRAが発表するエリンコートの馬名の由来でも、
「アイルランドの宮廷」 という訳語が当てられています。
現在のアイルランド共和国には、「王」 という存在がいないため、
当然、宮廷もありません。
しかし、1922年から1937年にかけて成立していた
アイルランド自由国は、英国国王を君主に戴く、同君連合国家。
「アイルランドの宮廷」 は、すなわちイギリス王室を指していました。
ちなみに、アイルランド自由国から
アイルランド共和国へ移行するときの英国王は、
2011年アカデミー賞作品賞に輝いた 『英国王のスピーチ』 の主役、
ジョージ6世 “George Ⅵ” ということになります。

エリンコートの祖母、エリンバードの母にあたるのが、
1982年に生まれたメイドオブエリン “Maid of Erin”。
“Maid” は、秋葉原界隈で幅を効かしている、
あの 「メイド」 を指す英単語ですが、
古い英語では、「少女」、「乙女」 といった意味で使われていました。
「アイルランドの乙女」 の3代目であるエリンコート。
母から受け継いだ血筋とともに、
タフで、パワフルで、息の長い末脚が使える、そのレーススタイルは、
ヨーロッパ競馬への高い適性を感じさせてくれます。
あるいは近い将来、馬名の由来となった欧州の島国の大レースで、
エリンコートが、素晴らしい成果をあげるかもしれません。

(次回は6月15日の水曜日にお届けします)  構成・文/関口隆哉