
2012年02月06日
こんにちは。
共同通信杯がまだ東京4歳Sと呼ばれた時代のことですが、
忘れられないレースがあります。1975年のことです。
4戦4勝の快速牝馬テスコガビーと4戦3勝のカブラヤオー、
後に桜花賞とオークス、皐月賞とダービー、
春のクラシックを総ナメにした両雄が対決しました。
鞍上はともに菅原泰夫騎手が務めていました。
この5ヶ月後、アメリカで同じような光景が見られました。
デビューから10戦10勝の牝馬ラフィアンと
ケンタッキーダービー馬フーリッシュプレジャーが
全米を大興奮させるマッチレースに臨みました。
ともにファシント・ヴァスケス騎手が主戦でした。
菅原騎手は自厩舎のカブラヤオーを若手の菅野澄男に譲り、
ヴァスケス騎手も牝馬のラフィアンを選びます。
結果はご存じの通りです。
泥田のような重馬場の東京競馬場、
両雄はもがくようにマッチレースを演じ、
クビだけカブラヤオーが出たところがゴールでした。
アメリカのベルモントパーク競馬場は悲劇でした。
あろうことか不敗のラフィアンが競走中止、
予後不良という最悪の結果になってしまったからです。
あまりの悲惨さに以後マッチレースが禁止されたほどです。
ヴァスケス騎手の心中を思うと気の毒でなりません。
菅原騎手は前述のようにクラシック4冠を総ナメしますが、
カブラヤオーもテスコガビーも秋の舞台には立てませんでした。
いま思えば、能力の違いで春を乗り切ったものの、
東京4歳Sの死力を尽くした激闘の疲れがどこかに残り、
確実と言われた牡牝同時の三冠実現に陰を差したのでしょうか。
競馬とは陰陽が入り混じって実に難しいものです。
きょうも来てくださってありがとうございます。
今年の共同通信杯、素質馬が揃いましたね。
無事で良いレースになることを祈りたいと思います。
