海の向こうの競馬、そしてホースマン

第4回
心に深く刻まれた名馬たち<1>-1980年代欧州最強馬ダンシングブレーヴ(2)
 

1986年凱旋門賞。
その直線での攻防を語る合田さんの目は、
キラキラと輝いています。

「世界中の強豪馬が全力を尽くしてゴールを目指すなか、
 直線抜け出してきたダンシングブレーヴの末脚は、
 一頭だけ別次元の、完全に他馬を圧倒するものでした。
 ダンシングブレーヴが“1980年代欧州最高の名馬”と
 言われるのも当然だと思うし、
 そのレース振りをライヴで観られたことは、
 自分にとっての大きな財産となっています」

さらに、合田さんは、ご自身とダンシングブレーヴの
“意外な関係”をも語ってくれました。

「実は、ダンシングブレーヴは、
 ぼくが最初にビジネスとして関わった外国馬
 でもあるのです」

「イギリスのテレビ局がダンシングブレーヴの
 ドキュメンタリー番組を制作したのですが、
 ぼくらが権利を買い取り、
 その日本語版ビデオを作って、販売したんです。
 そのときにダンシングブレーヴの管理調教師である
 ガイ・ハーウッド師とも親しくさせていただいて、
 欧州の競馬界に人脈を作ることにもなった。
 それによって、渡邊隆オーナーがご自身の所有馬を
 英ダービーに出走させようとしたとき、
 渡邊オーナーにガイ・ハーウッド師を
 紹介させていただくことができたのです」

“日本きっての海外競馬通”、
“日本と世界の競馬の架け橋”とも呼ばれる
 合田さんのルーツともなった欧州の名馬こそが、
 種牡馬として日本でも大成功した、
 ダンシングブレーヴだったわけです。

(第5回に続く)

構成・文/関口隆哉

 

合田直弘氏 プロフィール

1959年東京生まれ。慶応普通部(中学)時代から馬術部に所属するかたわら、千葉新田牧場で「乗り役」としてのアルバイトをこなす。慶応大学経済学部卒業後、1982年テレビ東京に入社。『土曜競馬中継』の制作に携る。1988年テレビ東京を退職し、内外の競馬に関する数多くの業務をこなす(有)リージェントの設立に参加。
現在は、『世界の競馬』(NHK-BS)、『鈴木淑子のレーシングワールド』(グリーンチャンネル)などのキャスターも務めている。