
2010年02月25日
こんにちは。
今週は70年以上の歴史を誇る伝統の中山記念に出走した
記憶に残る馬やレースのお話をお届けしています。
「G3を勝ったばかりのサクラローレルで
海外に行くといったら笑われる気がして言い出せなかった。
あのとき行っていれば、海外でGIを勝っていたと思う。
このヘボ調教師がチャンスの芽を摘んじゃったのさ。
ローレルに悪いことをしたと、ずっと頭から離れないよ」
“サクラ”の数々の名馬を世に送り出し、
“美浦の黄門さま”の愛称で辛口評論が多くのファンに親しまれた
境勝太郎調教師は現役引退後、そう述懐したそうです。
サクラローレルは3歳1月にデビューを飾ります。
“サクラ軍団”総帥・全演殖オーナーは前月に亡くなったばかり、
いわば“忘れ形見”、境師の思い入れも大きかったのでしょう。
しかし、なかなか勝ちきれないレースがつづきます。
凱旋門賞馬レインボウクエストの血がようやく開花したのが暮れ、
条件特別を2連勝して遂にオープン入りを果たします。
そして境師が選んだ正月の中山金杯でローレルは完勝します。
「G3を勝ったばかり」とはこのレースのことです。
ところがその後、彼は脚部不安を発症し長い休養に入ります。
ローレルが復帰したのは1年後の96年の中山記念でした。
長期休養明けが嫌われたのか9番人気の低評価でしたが、
彼は人々の思惑を嘲笑うかのように中山の馬場を快走、
境師とローレルの海外挑戦が再スタートすることになります。
天皇賞・春では同期の三冠馬ナリタブライアンを下します。
オールカマーも問題なく制し天皇賞の春秋連覇をめざしますが、
直線で前が壁になり脚を余して3着に敗れます。
つづく有馬記念も楽勝しているように、
この年のサクラローレルは本当に充実して
サラブレッドとして完成の域に達していたのだと思います。
もしこの年、凱旋門賞に向かっていたら・・・。
勝ったのがエリシオで、2着がピルサドスキー、
日本でもおなじみの馬ですからイメージしやすく感じるのですが、
この時期のローレルならいい勝負になったのでは・・・。
海外挑戦とは本当に難しいものだと思います。
すべての歯車がうまく噛み合ったとしても勝つのは大変なのに、
たいていの場合は歯車が噛み合わないことが多いようです。
境勝太郎調教師の宿願は、師の定年引退後に実現します。
小島太厩舎に転厩したローレルは凱旋門賞をめざして渡仏、
前哨戦のフォア賞に臨み、1番人気に推されます。
しかしローレルはレース中に故障発生し最下位に敗れました。
ローレルとは月桂冠をさします。
古代ギリシャから伝わる勝者の栄光をたたえる霊木ですね。
オリンピックのハイライト・マラソンの王者にはこの冠が贈られます。
凱旋門賞を競馬のオリンピックにたとえる人もいます。
全オーナーの思いがこもった馬名だったのでしょうね。
きっとサクラローレルの戴冠を夢見ていたのでしょうか。
きょうも来てくださってありがとうございます。
あすからもよろしくお願いします。
