
2010年07月06日
こんにちは。
中央馬をねじふせて帝王賞を快勝したフリオーソ、
地方ファンは久方ぶりに溜飲の下がる思いでしょう。
25歳で大往生した(といっていいですね)オグリキャップ、
今週は地方競馬にまつわる話題をお届けしています。
思えば長い間、地方勢の低迷は目を覆うほどでした。
交流競走とは名ばかりで、
馬場を貸すだけ、その代わりスターホースを借りる、
馬券売上アップを願う主催者はそれでいいのでしょう。
馬を創り育て鍛え、レースに勝たせることを使命とする
ホースマンは違います。フリオーソの川島正行師も
地方の復権に情熱を燃やしつづけてきた一人です。
過去には地方が輝いた日が確かに存在しています。
ハイセイコーが大井から乗り込んで
中央のエリートたちを蹴散らした70年代。
80年代前半のジャパンCを盛り上げたのも地方馬でした。
しかし皮肉にも地方馬が頑張れば頑張るほど
地方競馬自体は地盤沈下していくという
パラドックス (逆説) がそこには横たわっていました。
第1回JC、日本馬最先着は地方馬ゴールドスペンサー。
彼は浦和・中村秀夫厩舎に所属し、3歳暮れから充実。
浦和記念、川崎記念を連勝して
トップホースの仲間入りを果たします。
そして5歳秋にJRA中尾銑治厩舎に移ります。
当時はまだ地方在厩のまま中央のレースに
出走することができなかったからです。
いま野球やサッカーで才能の海外流出が
これらスポーツの人気低迷に拍車をかけているようです。
80年代は地方馬が桧舞台でもっとも輝いた時期でしたが、
反面ではスターホース流出による地方の地盤沈下が
目には見えない形ではじまっていたともいえます。
さて、ゴールドスペンサーは毎日王冠4着、天皇賞3着、
そして迎えた第1回ジャパンC。
後に “日の丸特攻隊” と呼ばれるサクラシンゲキの
玉砕的な逃げでレースははじまりました
しかし直線坂上から外国馬が次々と殺到、
結局、牝馬のメアジードーツが勝ち、
上位を外国馬が独占しました。
気がついてみれば、日本馬最先着は5着に追い込んだ
地方出身のゴールドスペンサーだったのです。
日本の中央エリート馬たちは
海外馬どころか地方馬にも先着を許して惨敗しました。
〈百年たっても勝てない〉
そう思った日本のホースマンも少なくなかったようです。
きょうも来てくださってありがとうございます。
あすも地方馬が大活躍する初期ジャパンCの話題を
お届けしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
